タヌキの剥製が置かれた蕎麦「波奈屋」
当家の初代磯村定心居士(天保6年~明治35年)は、二階に弘法大師を祭祀し熱心に信仰を深めました。定心居士が没した翌年に信者が中心となり浄財を集めて、この碑が建立されました。
定心の孫 「さだ」 園空智大姉(明治25年~昭和25年)が後継者として信仰していましたが、没後は後継者が無く現在に至っています。
往時は3月21日が年に一度の祭礼で、弘法大師と記した五色の幟旗を掲げ、町内はもとより遠くは名古屋方面からも信者が集まりました。 その日は子供も多数集まり菓子を貰ったり、餅を拾って楽しんだと言われています。
現在も身内や近所の人たちが集まって祭礼が執り行われています。厄払い、お産、縁結びなどの願いが叶えられると言われています。
弘法大師常夜燈
南無弘法大師之紀念碑
屋根に石を置いたお食事処「金剛屋」
説明板