江戸時代の初期、このあたりに口留番所があって、中山道を行く人々を監視していた。
 従来、この口留番所は、江戸時代の早い時期に廃止されたという見方が強かったが、最近発見された正保3年(1646)と推定される史料に、「妻子(籠)御関所」 と記されていることから、少なくとも17世紀中頃までは妻籠に口留番所があったことが確認された。
 なお妻籠には、下り谷その後一石栃(いちこくとち)に、木材を取締ることを目的とした白木改番所が、近世を通じて設置されていた。

地蔵沢橋

口留番所跡説明

地蔵沢前の口留番所跡