近世初頭、慶長から元和年間(1596-1623)に宿駅が設定整備された。木曽氏の家臣古畑十右衛門の屋敷があったこの地が、諸大名・幕府の役人・公家・高僧など公の宿泊施設である薮原宿の 「本陣」 となった。
 安政年間(1854-59)の記録によれば、間口14間半(約26m)、奥行21間半(約39m)の敷地(約310坪)で、その中に40余坪の中庭があった。街道に面して間口6間半に門を構え、番所・厩・玄関付の屋敷で、部屋数は上段の間を含め20余であった。南寄り間口8間が本陣古畑氏(6代より寺島と改姓)の居宅となっていたが、宿泊者が多いと共用した。
 薮原宿の本陣は、中山道難所の一つだった鳥居峠の麓に位置し、宿泊する者が多い故か規模は木曽の中では大きい方である。
 文久元年(1861)には皇女和宮もこの本陣に宿泊した。

薮原宿本陣跡説明

薮原宿本陣跡標柱