主屋 桁行10.6m、梁間17.3m、二階建、切妻造、東面便所及び廊下附属、鉄板葺
北藏 土蔵造、桁行3.3m、梁間9.1m、二階建、切妻造、鉄板葺
南藏 土蔵造、桁行3.4m、梁間8.4m、二階建、切妻造、鉄板葺
深澤家は、屋号を加納屋と称し、行商を中心とする商家を営み、文化年間には、京・大坂などにも販路を伸ばし、幕末には、苗字をゆるされるなど贄川屈指の商人となった。中山道に西面した短冊形の敷地に中山道に面して主屋が建ち、その背後に中庭を挟んで北藏と南藏が並ぶ。主屋は、嘉永4年(1851)の大火後の再建で、同7年に竣工したと伝え、北藏は、文政4年(1821)、南藏は、文久2年(1862)に建築されたものである。
深澤家住宅は、各建物の建築年代がほぼ明らかで、保存状態もよく、江戸時代末期の木曽地方における宿駅の町屋の姿を忠実に留め、主屋の規模の大きさ、独特な正面外観、整然とした架構、洗練された細部によって重厚で落ち着いた室内を構成し、木曽地方の町家建築の到達点を示す建物で価値が高い。
(塩尻市教育委員会)
深澤家住宅
連子格子の深澤家住宅
深澤家住宅三棟説明