氷川神社は、今から凡そ2000有余年前、第5代孝昭天皇の御代3年4月未の日の御創立と伝えられます。
 当神社は、歴朝の御崇敬・武将の崇敬も篤く、景行天皇の御代日本武尊は東夷鎮定の祈願をなされ、成務天皇の御代には出雲族の兄多毛比命(えたもひのみこと)が朝命により武蔵国造となって氷川神社を専ら奉崇し、善政を布かれてから益々神威輝き、聖武天皇の御代には武蔵一宮と定められました。
 醍醐天皇の御代に制定された延喜式名帳には名神大社として、月次新嘗案上の官幣に預り又臨時祭にも奉幣に預かっております。
 武家時代になってからは、鎌倉、足利、徳川の各将軍家等相継いで尊仰し、奉行に命じて社殿を造営し、社領を寄進するなど、祭祀も厳重に行われておりました。
 (境内案内板より)

舞殿

神橋と楼門

氷川神社拝殿

神楽殿

2キロ先から続く参道

三の鳥居