「かぎや」 は坂本宿の面影を残す代表的な旅籠建物である。伝承によれば、およそ370年前、高崎藩納戸役鍵番をしていた当武井家の先祖が坂本に移住し、旅籠を営むにあたり役職にちなんで、屋号を 「かぎや」 とつけたと云われる。
 まず目につくのは、家紋の結び雁金(かりがね)の下に 「かぎや」 と記した屋根看板である。上方や江戸方へ向かう旅人に分りやすく工夫されている。
 屋根は社寺風の切妻、懸魚(けんぎょ又はげぎょ、屋根の破風に取り付けた装飾)があり、出梁の下には透かし彫刻が施されている。
 間口6間で、玄関から入ると裏まで通じるように土間がある。奥行きは8畳2間に廊下、中庭を挟んで8畳2間。往還に面しては2階建て階下、階上とも格子戸である。
 宿場は街道文化の溜まり場である。坂本宿も俳句、短歌、狂歌をはじめとして、とりわけ天明・寛政のころは最盛期で馬子、飯盛女にいたるまで指を折って句をひねっていたという。
 当時の当主鍵屋幸右衛門は紅枝(べにし)と号し、俳人としても傑出していた。

旅籠「かぎや」説明

連子格子と庵看板が印象的である

旅籠「かぎや」跡