江戸時代の五街道の一つである中山道は、江戸と京を結ぶ大動脈として、人々の往来や物資の流通、文化の交流などを支えてきました。
 板橋宿は中山道の第一番目の宿場であり、その長さは15町49間(約1.7㎞)でした。天保14年(1843)には人口2,448人、家数573軒を数え、旅籠屋、料理屋や駕籠屋など様々な店舗が軒先を並べていました。
 板橋宿は日本橋方面から平尾宿・中宿・上宿に分かれており、石神井川に架かる板橋から現在の環状7号線あたりまでが上宿でした。
 平成14年(2002)は、中山道に伝馬制度が成立したとされる慶長7年(1602)から400年目にあたり、それを記念して各宿に石碑を建立しました。
 (板橋区教育委員会)

中山道板橋宿上宿説明

火の見櫓と思われるモニュメント